評価・研究
2019/10/31
大阪の中心部、南堀江。
堀江川に面し、かつては材木屋がずらりと並んでいたというこの街は、今ではお洒落なカフェやアパレルショップ、雑貨店が並び、若者の往来も活発だ。
今回の舞台、「萬福寺」はそんな南堀江にある。堀江公園に面した萬福寺の正門は木目が美しく、門をくぐると朱色と深緑のコントラストが美しい庭園が広がる。
NPO法人HELLOlifeでは、2018年11月、浄土真宗本願寺派・萬福寺の全面的な協力を得て、「就活や仕事の悩みを晴らす7日間 お寺deハレバーレ!」と題するイベントを開催した。
7日間にわたり開催されたこのイベントは、“心の拠り所”として私たちの社会に長く根付いてきた「お寺」という空間を、働くことや生きることに悩む若者を支える場として活かすことができないか、そんな発想から生まれたものだ。
7日間のイベントの参加人数は延べ204名。
本稿では、イベントの様子、そしてそこから得られた学びをレポートする。
なお本稿は第1部~第3部まで、3つのパートに分かれる。
第1部では、イベントの全貌を解説すると共に、人気の高かったプログラムを取り上げ、インタビュー調査から参加者の意識の変化をみていく。
第2部では、就職支援を目的とする3つのプログラムの参加者について、事前事後の変化をアンケート調査からみていく。
第3部では、今回の実証実験から見えた「お寺」という場の持つ可能性を、寺院を実際に運営する方々へのアンケート等を軸に考察する。
図表 1
「お寺deハレバーレ!」は、「働くこと」に悩む若者に、前向きに生きるきっかけを提供することを目指した。また企画を通じて就業支援における「お寺」という場の可能性を検討することとした。
ターゲットとしたのはおおむね15歳以上~44歳以下の男女で、提供したコンテンツは全部で14種類にのぼる。
コンテンツには、「お坊さんによる人生相談」や「脱!3日坊主宣言セミナー」など、宗教者である僧侶自身が若者と直接接し、その悩みの解決に取り組むものもあれば、寺という場を活用して、キャリアカウンセラー、あるいはHELLOlifeのスタッフなどが相談に応じたり、研修や講義を行うものもある。
また途中、萬福寺本堂でゲストを招聘しオープンシンポジウムも開催した(シンポジウムの記事はこちら)。
図表 2 開催したコンテンツの一覧
※1〜12の対象年齢は、15〜概ね44歳以下とした。
今回のイベントは400年の歴史を持つ寺、「萬福寺」で開催した。
ではなぜ「寺」なのか。理由は2つある。
NPO法人HELLOlifeでは、従来から若者就労支援に関する取り組みを行っている。例えばHELLOlifeが独自で開設している大阪・本町にある民間の就職支援拠点「ハローライフ」では、就活プログラム「ハローライフスクール」を開催している。また大阪府・奈良県の地域若者サポートステーションや、大阪府の総合就業支援拠点“OSAKAしごとフィールド”といった行政設置の就業支援施設の運営も受託している。そうした中で抱いた問題意識が「支援施設の認知度の低さ」と「アウトリーチ(※1)の必要性」である。
若者無業者の数は全国で71万人。ここのところ、政府でも就職氷河期世代への就職支援が喫緊の課題として取り上げられており、矢継ぎ早に対策が打ち出されている。
背景にあるのは少子高齢化と人口減少、婚姻率の低下、そして広がる経済格差である。本来ならば「働き盛り」であるはずの世代は、不況による正社員採用の手控えと不安定雇用の増加によって、「社会人としての成長の機会」から取り残された。これによって日本社会が失ったものは大きい。
対策が取られていなかったわけではない。例えば「地域若者サポートステーション」は全国に177か所存在する。しかしある自治体の調査によれば、その認知度は1.2%に過ぎず、地域若者サポートステーションも含めて行政による支援機関の存在を「知らない」と回答した割合は47.9%に上る。つまり、支援拠点をつくっても、必要な人にその情報が届かず、利用に結びついていないケースが多いのだ(※2)。
また失業や離職に至っていなくても、職場の人間関係や雇用環境、キャリアに関する展望から現在の働き方に疑問を持ったり、悩みを抱えているケースも多い。特に氷河期世代は新卒一括採用の傾向が今以上に強い時代に社会人となり、“たまたま”景気が悪かったことが原因で、選択の余地なく希望と異なる職業に就いたり、いわゆる「不本意非正規」のままキャリアアップが出来なかった例も多い。結婚や出産、親の介護といったライフステージの変化も、彼ら・彼女らの焦りを増幅させている。
だからこそ、施設を出て、ユニークな切り口を提示し、一般的な「キャリアセミナー」や「就職・転職あっせん」を超えた場をつくりたい。そして行政などが運営する既存の就業支援施設にはなかなか足が向かない層と出会える場をつくりたい。それが「お寺」という場を選んだ1つ目の理由だ。
2つ目は「お寺」という場が持つ古くからの役割に魅力を感じたことだ。
元来、寺という存在は地域の心の拠り所であり、悩みや迷いを吐露する場でもあった。また「駆け込み寺」という言葉に象徴されるように、困ったときや行き詰ったときに助けを求める場でもある。さらには「寺子屋」という言葉に象徴されるように、「学び」の場であり未来世代を支える場としての役割も有してきた。
寺には、教義を広め、信徒その他を教化育成する宗教的な側面と、地域社会の中で信頼や絆を深め、社会関係資本(ソーシャルキャピタル)を醸成する側面の両方が存在する。さまざまな社会活動、福祉活動が過去も現在も行われてきたのが寺なのだ。
また「檀家」(檀信徒)という独自のネットワークを持つのも寺の特徴的だ。そこには地域コミュニティの繋がりが表出している。
そして何より数が多い。宗教統計調査によれば日本国内にある寺院数は約7万5千。寺に限らず宗教施設は歴史と共に変遷しているため、地域によって相当なばらつきがあるのは事実だが、日本全体で見ればその数はコンビニエンスストアよりも多い。
高度成長と都市化を通じて、日本の「地縁」は薄まりつつある。また長期安定雇用の崩壊や単身世帯の増加、家族観の多様化によって、社縁や血縁といった「つながり」も形を変えつつある。だからこそ、コミュニティの貴重な「結び目」としての「寺」の可能性をもう一度捉えなおしたい。それが今回の企画を寺で実施したもうひとつの理由だ。
7日間の開催期間中、204人の参加者が訪れた。
男女比でみると、女性が約6割を占める。
年齢をみると、20代から40代がまんべんなく参加しているものの、5歳区分で見ると20歳~24歳の参加者が少ないことがわかる。
参加者のへのインタビューでは「就職活動に関するサービスは若い時はたくさんあって良かったが、(年齢と共に減少し)あっても30代半ばまでしか(サービスが)ない」という意見が聞かれた(カッコ内は筆者による補足)。
お寺という場が持つ可能性を考える上で、プログラムの中で、最も人気の高かったうちの一つ、「お坊さんによる人生相談」の参加者の反応を紹介したい。
「お坊さんによる人生相談」は、キャラクターの異なる14人の僧侶が、仕事や人生、恋愛などの若者の悩みに乗るというコンテンツだ。
相談の時間は1回45分、33枠を募集した。その結果、全部で14あるコンテンツの中で最も早く申し込みの定員に達した。なお人生相談に協力頂いた僧侶の宗派も多様だ。
続いて参加者のインタビューを見てみよう。
① Aさんのケース
「正社員として働いているが、顧客対応がつらい。」というAさんは、「転職活動を考えているが、どこから手を付けていいのかわからない。誰かに話を聞いてもらいながら整理したい」という動機で、本プログラムに参加したという。
Aさんは「お寺にも僧侶にも怖い印象しかなかった」と話すが、人生相談を終えて「頭がほぐれる感じ」がしたと話す。
Aさんは今回の企画は電車広告を見て知ったという。面白そうだと思い、参加を決めたものの、大人数で議論するワークショップなどに参加するのは気後れしたという。また求人情報の登録や転職活動に直結するイベントや転職フェアなどに行くほど、転職に向けて心が固まっているわけでもない。
そんなAさんにとっては、カジュアルでユニークな今回の場、そして「就職の専門家ではない」が「話を聞き長期的な観点からアドバイスをくれる僧侶という存在」という存在が新鮮に映ったようだ。
写真 5 お坊さんによる人生相談(イメージ)
相談は、庭園内や本堂内など、全体のプログラムや天候、ご本人の希望に応じて萬福寺境内で場所を変えながら行った。
*写真はイメージ。中央の女性はHELLOlifeのスタッフである。プライバシーに配慮し、参加者ご本人の写真は掲載していない。
② Bさんのケース
次に紹介するBさんは、すでに複数の会社の転職を経験している。BさんもAさん同様、電車広告を見てプログラムに参加したと話してくれた。
Bさんの場合は子どもが生まれ、親の介護にも直面している。全国転勤の仕事に就いており、このままこの仕事を続けられるか不安だという。そんなBさんにとって、今回のプログラムは「家族でも友人でも、就職カウンセラーやアドバイザーでもない、第三者に自分の話をゆっくり聞いてもらえる貴重な機会」だったという。
「話を聞いてもらうことで、一呼吸おけた」というBさんは、「合同企業説明会とは違う雰囲気」だったからこそ、「自分の人生を多角的に考えることが出来た」と話す。
ほかにもいくつか、参加者の声を紹介したい。
① 人生の相談が出来た
まず目につくのは、「就職ではなく人生の相談が出来た」という意見である。
例えば
といった意見がこれにあたる。
② 行政やキャリアカウンセリングとの違い
また「行政サービスやキャリアカウンセリングとの違い」を指摘する声もあった。
例えば
といった意見がこれにあたる。
③ 否定されない、客観的な視野が得られる
また「話を否定されず安心できる、客観的な視野を得られる」という声もあった。
といった意見がこれにあたる。
中には
といったコメントも見られた。
こうした発言からは、“仕事”と“人生”を大局的に語る場が求められていること、そしてそうした場や機会がなかなか見つからない現状が伺える。
④ 話しやすさ、親しみ
さらには「話しやすかった」「親しみを感じた」という意見も見られた。これには
といった意見と、
といった、空間に対する好意的なコメントの両方が見られた。
このように、今回の参加者のケースでいえば、自らの状況を客観的に捉える視点を得る、あるいは悩みに対して肯定的に向き合う人物が、家族や友人、職場の先輩や同僚・後輩、キャリアカウンセラーといった従来の相談先とは異なる形で存在したことが、おおむねプラスに働いた様子が推察できる。
但し、ひと口に「働くことに悩む若者」と言っても、様々な属性や背景がある。
万人にアドバイスが可能な人物は存在せず、人によって、あるいはタイミングによって感じ方も異なるだろう。
また場合によっては医療的なケアや福祉的なサポートに繋げる必要があるケースも存在するだろうし、より直接的な転職斡旋を必要とする対象者も存在するだろう。実際に「自分の場合は転職エージェントに相談すべきだということが分かった」という意見や、「今日はアドバイスが効果的だと感じているが、今後働き始めるとまた別の悩みが出てくると思う。本当に仕事上の悩みであれば職種の近い人に相談するだろう」という意見もあった。
したがって、入り口での整理、すなわちプログラムの趣旨を参加希望者に正確に伝えることや、広報や情報発信面での適切さには十分な配慮が必要だろう。また運営側が利用者の状況を見定め、必要であれば別の支援に繋げられるだけの専門性を身に着けることも必要だろう。
以上がお寺deハレバーレ!の14のプログラムのうち、「お坊さんによる人生相談」に参加した対象者の意見である。
続いて第2部では、プログラムのうち、特に就職支援を意識した3つのプログラムを取り上げ、参加者の変化をみていく。
(第2部はこちら)
*本レポートに掲載されている写真はすべて、参加者ご本人の許諾を得たものです。