REPORT

評価・研究

2019/01/24

【レポート】若者支援施策イノベーションシンポジウム お寺×就業支援の可能性(前編)

大阪市西区南堀江で行われた“お寺×就業支援”の可能性を模索する社会実験イベント「お寺deハレバーレ!」。「働くことにまつわる悩みを晴らす7日間」として、今年初めて開催しました。

7日間の取り組みの舞台となったのは、浄土真宗本願寺派 萬福寺。
イベントの中盤では、「若者支援施策イノベーションシンポジウム」として、公開イベントを開催しました。
今回は、このシンポジウムについて、レポートします。まずは前編です。

書き手/水谷 衣里(NPO法人HELLOlife 参与、株式会社 風とつばさ 代表取締役)

1.はじめに

(1)企画の意図と背景

(司会:NPO法人HELLOlife 古市)

みなさん今日はお集り頂きありがとうございます。司会の古市です。
「お寺deハレバーレ!」は、地域に眠る“お寺”という拠点を、若者の支援に活かせないか?という問題意識から始まりました。
 
日本の地域社会に長く根差してきたお寺ですが、その数は実に7万軒以上にのぼります。お寺は古くは教育の場として、あるいは悩みを打ち明け相談する場所として、人々の生活に寄り添ってきたと言えます。しかし、社会が変化する中で、少しずつその存在は私たちの普段の生活から遠ざかりつつあります。今回のプロジェクトでは、そんな「お寺」を、「若者の就業支援をサポートし、一人ひとりが自分の人生について考える場」として位置づけました。

少子高齢化や生産年齢の縮小が言われる中で、公共サービスを今の水準で維持することは難しいのではないか?そうした中では地域に元々あった資源にもう一度光を当てることが必要なのではないか?公的な就業支援機関とはまたひと味違った視点から、一人ひとりの人生を支える場をつくれないか?そんな問題意識も、企画の背景にありました。

既存の就業支援機関には立ち寄りにくいけれど、誰かに話したいことはある、そんな人たちと出会う機会をつくること。そんなことを意図してスタートした、社会実験です。

<シンポジウムの会場となった萬福寺の本堂にはおよそ50名の参加者が集った>


<お寺×就業支援の可能性を模索する社会実験で検証する仮説について説明>

(2)アンケートから見えてきたもの

今回のイベントでは、公的な支援機関には足を運ばない層に向けて、お寺ならではの檀信徒(※)のネットワークを活かした広報も展開し、その効果も検証しました。

(※)檀信徒・・・お寺を支える檀家(檀徒)と信徒をまとめた言い方。寺院が檀信徒の葬祭供養を独占的に執り行なうことを条件に結ばれた、寺と檀家の関係を「檀家制度」いう。

お寺の関係者の皆さんには、普段から接触している檀信徒との状態や関係性についてのアンケートを取りました。回答数は26件です。ディスカッションの前に、いくつか興味深い点を紹介したいと思います。まず、回答頂いた方の属性について、宗旨は以下の通りとなっています。

<社会実験の周知活動に協力いただいたお寺関係者からのアンケート結果>

次に、「檀信徒の中で困りごとを抱えていらっしゃる方がいると感じているか」について伺いました。その結果、「認知症など、高齢化により生活に心配な方がいる家庭が10軒以上ある」という回答が14件、「独居の高齢者が10軒以上ある」との回答が16件と、社会全体の高齢化が進む中で、檀家の方々の高齢化や孤立の問題を心配されているケースが多いことがわかりました。

<最も多かったのは高齢者に関する困りごとだった>


また「引きこもりやニート」、「独身で無業の女性」を抱える檀信徒の方がいるかどうかについては、1~3軒とごく数件把握されていると回答した方がもっとも多く、高齢化に関する問題と比べると全体としてはあまり把握が進んでいないものの、檀信徒が抱える課題として認識しているお寺関係者も一定数いることが分かりました。

さらに、若者の就労支援について関心を聞いたところ、「出来ることがあれば取り組みたい」と回答して下さった方が8割を超えました。このアンケートの回答者は26件と限られており、そもそもアンケートに協力して下さった方の声であることから、すべてのお寺の方のご意見とは一致しませんが、私たちとしては大変励まされる結果となりました。

今回の社会実験は記念すべき第1回目のチャレンジです。今日のシンポジウムでは、今回の活動を助成でバックアップしてくださっている日本財団 ソーシャルイノベーション推進チームの花岡さん、実際に「お寺という拠点を社会に開く」取り組みを進めてこられた、僧侶で「未来の住職塾」塾長の松本さん、ニート(若者無業者)と共に事業を行う若新さん、ファシリテーターとして若者の持つ起業家精神の発揮や社会起業家支援に長く携われている宮城さん、我々HELLOlifeから代表の塩山が参加しています。

それではここからはこの5人で、寺という場の持つ可能性や、若者支援のこれからについて、ディスカッション頂きたいと思います。ファシリテーターの宮城さん、よろしくお願いします。

プロフィール一覧

【プロフィール】一橋大学法学部卒業、ワルシャワ大学政治学研究科修了。(株)三菱総合研究所にてコンサルタントとして勤務後、ポーランド留学を経て、2013年9月より日本財団にて勤務。既存のセクターの枠組みを越えて、新たな社会変革を生み出す「ソーシャルイノベーター」の発掘・育成に従事。「日本財団ソーシャルイノベーションフォーラム」事務局を立上げ初年度より担当。共著に「子供の貧困が日本を滅ぼす」(文春新書、2016)。日本財団は、ボートレースの売上げの一部を活用し、「ソーシャルイノベーション」(よりよい社会のために、新しい仕組みを生み出し、変化を引き起こす、そのアイデアと実践)のハブとなり、子ども支援、障害者支援、災害復興支援など、よりよい社会づくりを目指します。


【プロフィール】1979年北海道生まれ。東京神谷町・光明寺僧侶。未来の住職塾塾長。武蔵野大学客員准教授。東京大学文学部哲学科卒。2010年、ロータリー財団国際親善奨学生としてインド商科大学院(ISB)でMBA取得。2012年、住職向けのお寺経営塾「未来の住職塾」を開講。以来、計600名以上の超宗派若手僧侶が「お寺から日本を元気にする」志のもと学びを深めている。2013年、世界経済フォーラム(ダボス会議)のYoung Global Leaderに選出される。『お坊さんが教える心が整う掃除の本』(ディスカバートゥエンティワン)他、著書多数。朝掃除の会「Temple Morning」の情報はツイッター(@shoukeim)にて。


【プロフィール】株式会社NEWYOUTH代表取締役/慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任准教授/福井大学産学官連携本部 客員准教授。慶應義塾大学大学院修了、修士(政策・メディア)。大学在学中に、障害者の就労支援を行う株式会社LITALICOを共同創業し、取締役COOに就任。拡大する組織に適応できず2年足らずで取締役を退任し、現在は、日本全国の企業・自治体・学校等で実験的な政策や新規事業を企画するプロデューサーとして独立。全国の若年無業者(ニート)を100人以上集めた株式会社の発足や、女子高生がまちづくりを楽しむ「鯖江市役所JK課」プロジェクト(総務大臣賞を受賞)などを実施。研究者としても社会のさまざまな現場で調査・フィールドワークを行い、テレビ・ラジオ番組のコメンテーターとしての出演や講演実績多数。著書に『創造的脱力~かたい社会に変化をつくる、ゆるいコミュニケーション論』(光文社新書)がある。(Web:http://wakashin.com/


【プロフィール】1993年、学生起業家支援の全国ネットワーク組織として活動をスタート。以来、若い世代が自ら社会に働きかけ、仕事を生み出していく起業家型リーダーの育成に取り組み、これまで1000名以上の起業家を輩出・支援してきた。97年より中小・ベンチャー企業やNPOに学生が参画する長期実践型インターンシッププログラムを事業化。2001年ETIC.ソーシャルベンチャーセンターを設立し、社会起業家育成のための支援をスタート。以降日本初の社会起業のビジネスプランコンテスト「STYLE」、「社会起業塾イニシアティブ」等を手がける。04年からは、地域における人材育成支援のチャレンジ・コミュニティ・プロジェクトを開始。現在全国60地域に広がる。11年からは震災復興支援に注力、「右腕プログラム」では東北全域約150プロジェクトのリーダーのもとに250名のスタッフを送り込み、コミュニティ再生、産業復興等の支援を行っている。2011年、世界経済フォーラム ヤング・グローバル・リーダーズに選出。(Web:http://www.etic.or.jp/


【プロフィール】1984年兵庫県生まれ。2007年に社会変革への衝動を形にしようと「スマスタ」を設立。既成概念にとらわれない「創造力」と、セクターを越えた「つながり」で、この豊かなまちの格差や貧困問題解決に挑戦している。2014年度グッドデザイン賞を受賞。2016年度は「日本財団ソーシャルイノベーター支援制度」において、ソーシャルイノベーター10件に選定される。2017年10月、労働・雇用分野における取組みを加速させるため「HELLOlife」へ社名変更。民間の就業支援施設「ハローライフ」や、公営住宅を活用した就職支援プロジェクト「MODEL HOUSE」などに取り組んでいる。

<多様な背景をもつゲストをお招きしディスカッションを進めた>

2.パネルトーク

(1)お寺の“今”

(コーディネーター 宮城さん)
今回は「寺」と「若者」という2つの言葉がキーワードになっています。最初は「寺」という視点から、東京都港区神谷町の光明寺の僧侶で、一般社団法人 お寺の未来理事、未来の住職塾塾長の松本さんからまずはお話を頂きたいと思います。松本さん、最初に日本の「寺」が直面する状況や、それに対する松本さん自身のお考えをお聞かせ頂けますか?

(松本さん)
日本には7万を超える寺があると言われています。これは5万軒あると言われるコンビニエンスストアよりも多い数です。でも日本人にとってお寺が身近な存在かというと、決してそうではありません。観光で訪れる、法要や葬儀に出かける以外に、寺という場所に近づくことはあまり無いのではないでしょうか。

しかし昔はそうではありませんでした。寺という場所は、人生に寄り添う場所だったと言えます。現在私は、「未来の住職塾」という取り組みを行っています。この塾は、「お坊さんによる、お坊さんのための学びの場」です。背景には、お坊さん自身が悩んでいるという現状があります。社会が変わっていく中で、自分たちは変わらなくてよいのか。存在意義はどこにあるのか。檀家の数も減少するケースが多く、嫌が応にも模索していかなければならない。そんな悩みがあるのではないでしょうか。

(宮城さん)
なるほど、「お坊さんも悩んでいる」ということですね。

(松本さん)
そうですね。その意味では「未来の住職塾」は「お坊さん自身の駆け込み寺」だと言えるかもしれません。宗派を問わず、お寺はおおむね世襲制です。跡継ぎは「何とか寺を守らなければ」という問題意識を持っているケースが多いです。伝統的な産業はその多くが「師匠の背中を見て学ぶ」形ですよね。しかし社会構造が変わると前提条件が崩れてしまう。特に「家」という構造の変化と少子高齢化は大きな要因です。そうした変化の最中にあって、お寺自身も「このままではいけない」ということに気づき始めています。

<お寺の現状についてお話をされる松本さん(写真中央)>

(宮城さん)
今回の「お寺deハレバーレ!」の取り組みに対して、感じていらっしゃることを教えてください。

(松本さん)
お寺という場所が、地域に開くための一つの形として、とてもユニークで面白いと感じました。私が属する光明寺でもお寺の憩いの場として誰でも立ち寄ることができる「神谷町オープンテラス」を運営しています。またお寺にお供えされるさまざまな「おそなえ」を経済的に困難な状況にあるご家庭へ「おすそわけ」する活動である「おてらおやつクラブ」は、先日グッドデザイン大賞も受賞しました。こうした寺という場所や機能を地域に開く取り組みは、この先も求められると思います。

一方で、そのために私たち僧侶が一層磨くべきことがあります。社会とコミュニケーションする力です。今回のイベントでは「お坊さんによる人生相談」など、魅力的なコンテンツがありましたが、こうした相談に対応するためには、僧侶自身が現実の人や社会を知らなければなりません。言ってみれば「世俗を知る」ということだと思います。

今回のような切り口から社会の中で役割を果たそうとするのであれば、世俗から引っ込んでいてはいけません。自分たちもある意味修行をしながら、コミュニケーションを深めていくことが求められていると思います。

<僧侶で未来の住職塾塾長の松本さん>

(2)若者支援の“今”

(宮城さん)
それではもう一つのキーワード、「若者」について考えてみましょう。若新さんは新しいスタイルのニート支援、若者支援を始めていますよね?

(若新さん)
僕の周りにいるのは、支援する側が思い描く「頑張ったけどダメでした、助けてください」という素直な若者ではなくて、横着な若者やとにかくめんどくさい奴です。2013年に、ニート株式会社を作りました。どうせなら日本一“やばい”会社をつくろうと思ってはじめたのがこの会社です。取締役は全員ニート。誰も働かない会社は、日本でここだけだと思います。

(宮城さん)
若新くんは一貫してニートだったり、ちょっとアウトローな存在に対して、普通では思いつかない切り口でアプローチしてますよね。

(若新さん)
人間の能力や状況はいろいろなのに、今の社会って「労働者」として求める最低水準がどんどん上がってると思います。昔は「能力」や「まともさ」が多少足りなくても、いい具合に許してくれるというか、見過ごしてくれる場もあったんじゃないかと思うのですが、今ってそういう緩さが許されないですよね。500円以下の牛丼を食べに行っても、店員の態度や店の清潔さにケチつけるのが日本人ですから。

でも「理想の労働者」として基準に達しない完成されていない人って、そういう今の社会では生きる場所がないんですよ。問題なのは、そういう存在を受け入れて、社会がゆとりをもって共存していけるか、っていうことなんじゃないかと思っています。

(宮城さん)
「社会に戻す」支援じゃなくて、そういう若者と「共存する」方法を考えるっていうことですね。

(若新さん)
ニート株式会社の若者たちは、学校で教育された理想像とはかけ離れています。ケンカもよくするし、好きな時に起きて、好きなものを食べて生きている。受託した仕事もことごとく失敗しました。彼らと付き合っていると、人間のエゴや面倒くささをそのまま感じます。この会社を続けていく価値は、「存在するということを認める」ことにあると思います。「変なやつ」はどんな社会にも必ずいますから、そういう存在であっても認められる場をつくることが大切だと思います。

(宮城さん)
お寺という場所については、どう思いますか?

(若新さん)
会社って、結局稼ぐことや働くことが求められる場所ですよね。でも僕が普段接している若者たちが求めている場所って、「いてもいい場所」なんですよ。支援する側は会社に勤めて稼げることがゴールだと設定しがちですけど、彼らが求めているのは特に資格や所属がなくても「いてもいい場所」。お寺ってそういう存在になりませんかね?

(3)「掃除したんだからいてもいい」

(松本さん)
“寺という場所でもっと気楽にコミュニケーションできる機会”を目指して、私たちが取り組んでいることの一つが「掃除」ですね。掃除は言葉を発さなくてもよい取り組みです。体をただ動かせばいい。しかも難しくない。雑巾一つあればできます。それに、不思議なもので、「掃除したんだから、ここにいてもいいよね」という感覚が生まれます。存在を許されるというか。

(宮城さん)
面白いですね。しかもお寺は7万軒以上あるということですので、一つのお寺に10人掃除をする人が来たら、それだけで70万人に居場所ができるということですよね。

(若新さん)
いいですね。掃除だけすれば居場所が出来る。今、仕事の多くが接客のあるサービス業ですよね。そうするとコミュニケーション能力が求められるし、しゃべれない、周囲に合わせられない人はいるところがない。一円も給料を払っていないのに、ニート株式会社に社員が来るのは、居場所を求めることと、友達を求めているからだと思うんです。行政のアプローチが届かなくても、寺だったら家から出て来るというニートの若者もいるかもしれないですね。

後編へ続く