評価・研究
2018/03/29
「若者一人ひとりの生涯・人生(ライフ)に寄り添う改革」を目指す「ハローライフ構想」。
NPO法人HELLOlifeでは若者支援施策のアップデート・クリエートをどう促していくか議論する場として、「若者支援施策イノベーション委員会」を立ち上げました。
記念すべき第1回の対談では、若者の就業や生活保障・社会保障論に関する第一人者である宮本みち子さん(放送大学 副学長・教授)と、ホームレス支援活動に始まり、貧困問題で活動・提言を続ける湯浅誠さん(社会活動家・法政大学 教授)にご参加頂きました。
委員会に先立ち、お二人には、ハローライフ構想で取り組む「住宅つき就職支援プロジェクト MODEL HOUSE」、
大阪府の総合就業支援の拠点である「OSAKAしごとフィールド」を視察頂きました。
若者たちの自立や、セーフティーネットの拡充に向けて、大切にすべきことは何か。
前編では、大阪府内の公営住宅を活用した若者の就業支援、「MODEL HOUSE」プロジェクトについて、お二人のお話を伺います。
宮本 みち子さん(放送大学 副学長・教授)
湯浅 誠さん(社会活動家・法政大学 教授)
塩山 諒(NPO法人HELLOlife 代表理事)
水谷 衣里(NPO法人HELLOlife 参与、株式会社 風とつばさ 代表取締役)
――「MODEL HOUSE」の視察を終えて、感じていることを教えて下さい。
宮本さん:MODEL HOUSEは、ストックとしての公営住宅をどう使っていくか、という観点からも、若者の支援という観点からも、非常にユニークな取り組みだと感じました。
“住まい”は、人生設計を考える上での土台です。その土台があることで、「どんな仕事につこうか」、「どんなライフスタイルを築こうか」といったその先の展望を考えやすくなります。
若者の自立支援にはさまざまな重要なファクターがありますが、今回のプロジェクトは“住”というセーフティーネットに正面から取り組んでいる事例だと感じています。
――公営住宅の利活用という観点についてはどのように感じられていますか?
宮本さん:日本の公営住宅では、周囲との関係を築けずに、孤立して暮らす高齢者や壮年期の男性シングルの方が増えています。個々の住人の方が置かれている状況は様々だとはいえ、経済的に厳しい、人付き合いに疎い、などの理由が背景にあることも多いと感じています。
清滝住宅のように建物の老朽化と住民の高齢化が同時に進んでいる公営住宅は、日本各地に点在しています。そうした団地に若い世代が入居することは、地域コミュニティ全体への刺激という意味でもとても良いことだと思います。
――湯浅さんの感想も聞かせてください。
湯浅さん:今回の“MODEL HOUSE”プロジェクトでは若者たちがDIYに取り組んでいますよね?(注:Do It Yourselfの略。
本プロジェクトでは入居者が自ら団地内の居室空間のリノベーションに取り組んだ。)この点はとてもユニークですし、
その意味や役割を考える必要があると思うんです。
僕の理解では、これは「自分の暮らしを自分でつくる」、その実感を取り戻す過程でもあったんじゃないかと思うんですよね。
社会システム全体が大きくなり、その中で「生きづらさ」を感じている若者たちがいる。
彼ら・彼女らが自ら、暮らしをつくる、居場所をつくる、等身大の生活を取り戻す。
ここでの暮らしには、そんな意味があるのではないかな、と。
塩山:ハローライフは常に、自分たちの活動の手触り感や温度感を大切にしてきた組織です。
今回のプロジェクトでは、ハローライフのスタッフも入居者の若者たちと一緒にDIYの作業工程に関わりました。
DIYは、建物の改装コストが抑えられるというメリットはありますが、その分、手間がかかります。
でもその手間が、入居者同士の関係性を築く時間になった。手間と時間をかけた結果、
入居する若者同士の人間関係は濃くなったと思います。
それに、わいわい、DIYで作業をしていたところ、もともと清滝団地に住んでいたおじいちゃん、
おばあちゃんが「何だなんだ?」と覗きに来てくれたんです。
DIYは入居者である若者と清滝団地に元々お住まいだった住民の皆さんとの関係づくりにも、ひと役かったと実感しています。
湯浅さん:確かに、自分の住んでいる団地で新しいことが始まったら気になりますよね。
DIYは一般的な「職業訓練」とは異なり、若者同士、そして若者と地域住民のより良い関係づくりのきっかけになったんじゃないかと思います。
塩山:今回は、大阪住宅安全衛生協議会(注:平成5年度に大阪地区の住宅メーカー数社により連絡会として発足した団体。)の方にもご協力頂きました。入居者は、床をはがす、壁に色を塗るなどの作業を内装工事のいわゆる“親方”にご指導頂いたんです。
これには2つの狙いがありました。一つは人材不足が言われる中で、これから仕事を探そうという若者たちに、建築・建設の分野に興味を持ってもらおうということ。もう一つは、入居者自身が自主性をもって、“暮らす”ことに関わってもらおうということです。
DIYは、入居者の居室を対象とし、実際に住む若者がそれぞれどのように改修するか、計画を立てました。
また、共同リビング・キッチンの役割を果たす場所として、コミュニティスペースも設けました。コミュニティスペースの運営ルールは、こちらからの強制をできるだけ減らし、入居者たち自身で話し合って決めています。自分たちで考えて自分たちで行動する。そういう経験も、自立に向けたプロセスの一つだと考えた結果です。
――今回のプロジェクトは、「就労・就業状態が不安定な若者10名」を対象としていると聞きました。
塩山:今回は、失業状態で就職し自立したいと考える若者や、不安定な就労・就業状況を繰り返している若者、他人との交流が少なく、対人コミュニケーションに不安を抱える、といった状態にある若者が入居しています。しかし、今までハローライフとして若者の支援をする中で、一口に「困難を抱える若者」といっても、抱えている背景や困難度、欲しているニーズにはバラエティがあると感じています。
宮本さん:確かに状況は様々です。例えば、親から直接的な暴力を振るわれていたり、経済的な搾取を受けている若者も存在します。狭い住宅の中で、親や親戚と暮らすことで精神的に傷つけあっているケースもあります。困難度の高いケースの場合、若者に住まいだけを与えてもダメで、より深い生活支援が必要になります。
一方で、条件さえ整えば、あるいはきっかけさえあれば、経済的にも心理的にも自立の道を歩み始めることが出来る若者もいる。
若者たちの実態に応じて、自立のプロセスを解きほぐす必要がありますよね。またそれぞれの地域やプロジェクトごとに持てる条件や、どんな背景の若者・家庭が多いのかも異なります。今後の展開にあたっては、だれにどんな支援が必要なのか、このプロジェクトではどんな層を支えるのか考えることが大切ではないでしょうか。
湯浅さん:就業支援という文脈で考えると、正規雇用に到達したか、安定的な就業環境にあるか、という観点が重要になります。一方で、このプロジェクトには、雇用や就業だけではない、複合的な効果があると感じました。
一つ目は、本人に対するインパクト。これは、親元を離れて一人暮らしを始めたこと、たとえアルバイトであったとしても、働くという環境に自分の身を置けた、という効果を意味します。
二つ目は、コミュニティに対するインパクト。これは、高齢化率50%以上の府営清滝住宅に、若者が住み始めたことで生まれた効果を意味します。視察の際に、清滝団地に若者たちが増えたことで、清掃や祭りといった団地内の自治会活動を維持できる可能性が広がった、という話を聞きました。こうした点も見逃せない効果です。
三つ目は、就業したことによる経済的なインパクト。若者が就業の機会を得て納税者になる。それによって社会に貢献した、という見方もできると思います。
――なるほど、もう少し成果を複合的に捉える必要がある、と。
湯浅さん:こうした事業で「成果」を問われると、どうしても短期的なKPI(Key Performance Indicatorの略、重要目標達成指標の意味。)に目が行きがちですが、実際に生まれている成果はそれだけではないと感じました。
もちろん、就業率も大切な指標です。しかしそれだけではない。自分の人生が「上手くいっていない」と感じていた若者が、このプロジェクトを通じて自分らしい暮らしを取り戻す。地域に関わることで活き活きとする。そのことの価値を伝えることも大切ではないでしょうか。
宮本さん:20年ほど前までは、「支援される側」の若者も元気がありました。いわゆる“やんちゃな若者”、ですね。
でも、いま「支援される側」の若者は引きこもりやうつなど、より弱い状況にあるように感じます。“やんちゃな若者”は、支援する側に良い意味で反発や抵抗をしてきたけれども、今の「支援される側」の若者はそうではない。そうすると、「支援する側」が強く「支援される側」が弱いという力関係がより顕著に現れやすくなってしまいます。
だから、就業支援や生活指導を上から行うだけではなく、入居した若者たちが相互的な関係性を育むこと、多様な仲間ができるよう環境を整えることが、こうした若者たちの自立を促す上で一つの方法になり得るのではないかと思います。
――若者たちの間で、社会関係や人的な関係を作っていく、ということですね。
湯浅さん:先ほど入居者の一人の部屋を見せて頂きましたが、冷蔵庫に「バイト頑張ってね」というメッセージが貼ってありました。ああいう社会関係が大切だと思います。似たような境遇にある若者たちが、一緒の空間を共有することで、励まし合う関係を築く。そして、先々には団地に元々住んでいた人たちともそういう関係が築けたら良いですね。
宮本さん:そうですね。その上で、生活の自立のプロセスをしっかりと支援していくことが大切です。
例えば、衣食を満たすことや、生活習慣を整えること、金銭管理能力、などがこれに当てはまります。シンプルな指標として、もらったお給料を全て使い切ってしまうのではなく、少しずつでも貯められる環境が出来たのか、という視点も考えられます。正規雇用になったかどうかということも重要ですが、自分の生活を守る、そのための術を身に着けることができたのか、という視点は忘れたくないですね。
塩山:非正規雇用がこれだけ増えて、世帯年収から見ても、若者たちが決して安心して未来を構想できない時代だからこそ、「住」という社会生活を営む上での基本を、もう一度考え直さなければいかないのではないかと考えています。
「何のために働くのか」の答えは、幸せに暮らすため。そのためにはお金は道具でしかなくて、仲間や恋人や、家族やコミュニティがあって、居場所があって、幸せを感じられるのではないかと思います。
経済的な自立も大切にしながらも、それだけに頼らない、いや、それだけでは実現できない、支え合うコミュニティを作っていきたいですね。
―後編につづく
千葉大学教育学部教授を経て現職。労働政策審議会委員、社会保障審議会委員、一億総活躍国民会議議員、中央教育審議会臨時委員、等を歴任。主な著書・論文に、『若者が無縁化する』(筑摩書房、2012年)、『下層化する女性たちー仕事と家庭からの排除と貧困』(編著、勁草書房、2015年)、『すべての若者が生きられる未来を』(編著、岩波書店、2015年)『リスク社会のライフデザイン』(編著、放送大学教育振興会、2014年)、『二極化する若者と自立支援』(編著、明石書店、2012年)『若者が社会的弱者に転落する』(洋泉社、2002年)など。
1969年東京都生まれ。1990年代よりホームレス支援に従事し、2009年から3年間内閣府参与に就任。内閣官房社会的包摂推進室長、震災ボランティア連携室長など。
著書に、『「なんとかする」子どもの貧困』(角川新書、2017年)、『ヒーローを待っていても世界は変わらない』(朝日新聞出版、2012年)、『反貧困』(岩波新書、2008年)など多数。
ヤフーニュース個人に連載中の「1ミリでも進める子どもの貧困対策」で「オーサーアワード2016」受賞。
1984年兵庫県生まれ。2007年に社会変革への衝動を形にしようと「スマスタ」を設立。既成概念にとらわれない「創造力」と、セクターを越えた「つながり」で、この豊かなまちの格差や貧困問題解決に挑戦している。2014年度グッドデザイン賞を受賞。2016年度は「日本財団ソーシャルイノベーター支援制度」において、ソーシャルイノベーター10件に選定される。2017年10月、労働・雇用分野における取り組みを加速させるため「HELLOlife」へ社名変更。
三菱UFJリサーチ&コンサルティングにて、NPOやソーシャルビジネス等の民間公益活動に関する政策立案、企業の社会貢献活動に関するコンサルティングに従事。
2017年春に独立、引き続きソーシャルセクターの基盤強化、社会的投資の推進、プロボノコミュニティの運営、人材育成等を行う。現在、地元世田谷にてコミュニティ財団設立に向け準備中。日本ファンドレイジング協会社会的インパクトセンター副センター長。公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン理事。ブログにて発信を継続中(http://www.kazetotsubasa.com/)